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読書メモ:チーズとうじ虫(洋書も読書会も関係ないエントリ)

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洋書ではないんですが、先日読んだ本を要約する機会がありました。
せっかくがんばって書いたのでこのブログにも記録しておこうと思います。
なお、読んだ本は図書館に返してしまったので細かいところはうろ覚えで書いています。
内容に誤りがあったらすみません。

※2021年6月追記
みすず書房が復刊してくれたのでさっそく買いました(画像)

 

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チーズとうじ虫(カルロ・ギンズブルグ 著、杉山 光信 訳、みすず書房


1.まえがき

これまでの歴史研究は権力者の立場から記述するものばかりで庶民の視点に立っての研究は少ない。
そのため、本書では、16世紀のイタリアの異端審問という埋もれた記録を丹念に読み込み、当時の庶民が置かれた文化的状況を復元。
歴史を微視的に読み解く(=ミクロストリア)ことをめざす。

2.本編

イタリア東北部フリウリ地方の粉挽き屋ドメニコ・スカンデッラ(通称メノッキオ)はキリスト教の異端説を村で吹聴した疑いで16世紀後半に異端審問にかけられた。

メノッキオの異端説はあまりに独特なものであった。
いわく、世界はカオスであった。
そのカオスがやがて凝固し、牛乳が固まってチーズになるように今の世界が生まれ、そしてチーズからうじ虫が湧くように、天使たちが現れた。

このように考えるメノッキオからすれば、カトリック教会による神、世界、魂に関する解釈は間違っているし、独善的だ。
ユダヤ教徒イスラム教徒も同じ神を彼らの方法で信仰しており、どの宗徒も神は救ってくださるだろう。
カトリック教会が彼らのやり方を信徒に押し付けるのは、しょせん彼らの商売にすぎない。

かくも独特の異端説ではあるが、同時代の別の地方の異端審問記録を調べると、全く関わりの無いはずの別の庶民が唱えた異端説にも共通の要素が伺える。
チーズとうじ虫のような奇抜な例えは無いが)

なぜ一庶民に過ぎないメノッキオはこのような異端説を着想できたのか?
なぜイタリア国内の複数の地方で同じような異端説が生まれたのか

その背景には活版印刷術の普及がある。
活版印刷により、庶民でも書物を入手することができるようになった。
事実、異端審問の記録によると、メノッキオは俗語訳聖書、デカメロン、コーランのイタリア語訳と思われるもの、創作交じりの世界旅行記どを読んでいた。

メノッキオが読んだ書物をひもとき、どの文章がメノッキオに引用されたか、メノッキオがそれらをどのように消化したかを緻密に分析する辺りはミクロストリアの第一人者たる著者の面目躍如といったところ。

また、書物だけでなく、当時のイタリア社会の人的交流もメノッキオらに影響を与えた。
メノッキオが粉を挽く水車には多くの人が行き来し、その中には貴族のサロンに出入りする(庶民としては比較的に)知識のある層もいた。

当時はルターの宗教改革が始まった頃であり、イタリア貴族の中でカトリックに対して懐疑的な人々が生まれつつあった。
そのような貴族や知識層がサロンに集まり話し合った内容も当時の資料から知ることができるが、著者の分析によれば、ここにもメノッキオの異端説との共通点が見つかる。
恐らく、水車に出入りする知識層から仕入れた最新のカトリック巡る議論もメノッキオに影響を与えたのだろう。

しかし、メノッキオが異端として処刑されたのも、この宗教改革せいであった。
以前なら庶民の異端説など相手にしなかった教会も、カトリックを脅かす改革勢力を恐れて、どこからそのような異端説を聞いたのか知るためメノッキオを拷問にかけ、口を割らないメノッキオに対して最後には火刑が宣告されたのである。

3.感想
三位一体、四元素などキリスト教の知識がないと内容を十分に理解するのは困難。
とはいえ、メノッキオの考えのユニークさや、異端審問にかけられているのにノリノリで審問官に自説を語るあたりはコメディのような可笑しさがあり楽しめる。

しかし本書を魅力的にしている最大の要因は、名もなき庶民たちに寄り添って、ミクロな目線から当時の社会を再現しようとするギンズブルグの温かい姿勢ではないだろうか。

もともとギンズブルグは、当時イタリアに広く見られた「ベナンンティ」という民間の異端信仰を調べており、そこからメノッキオの記録を見つけて本書が生まれるきっかけとなった、らしい。

異端信仰といってもそれはあくまでキリスト教から見ての異端。
キリスト教がヨーロッパ各地に存在した豊かな民間信仰をいかに抑圧していったか…
ということで、なんとなく手塚治虫火の鳥 太陽編」を思い出した。
(あれも、日本への仏教伝来を、権威ある宗教が土着のアニミズムを脅かす出来事として描いていた。)

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とまぁこんな感じでした。
最初は簡単に要約するだけのつもりだったのが、いざ手を付けるとどんどん膨らんでいって意外に時間がかかりました。
でもきちんとアウトプットしようとするのはいい訓練になりますね。
今後このエントリがシリーズ化していくかは不明…